プロフィール

福井 久  ふくい・ひさし

Hisashi  Fukui

1968年 大阪生まれ

 

・米国NLP協会認定マスタープラクティショナー

・N.A.D.A.I認定依存症専門カウンセラー;National Association of Drug and Alcohol Interventionists http://www.nadai.us/
一般社団法人 Seeds growth coaching理事

・日本プロセラピスト養成協会 ビリーフ・チェンジプロセラピスト養成講座 東京15期修了 


 

有能な人間と思われたかった!?

大学卒業後、総合医療機器メーカーに就職。 国内一般営業として、東京エリアに配属されました。

 

当時、強く持っていた“学歴コンプレックス”に関連した“自己重要感・自己肯定感の低さ”が大きく影響して、
現実を認識することが怖いので、猪突猛進、一心不乱に働き続けました。

 

今から考えれば、働いている間は“自分自身の無能さ”“高学歴というラベルがない”を
感じなくてよいので、一所懸命に働きました。とにかく、一所懸命に働きました。



入社4年目に輸入事業部(海外商品を輸入して、日本市場で販売する)に配置転換されました。

国内一般営業担当から、循環器内科;心臓不整脈専門担当になり、
当時、まだ海外から輸入されて間もない手術法であった経皮的心筋カテーテル焼灼術
(カテーテルアブレーション)に関連する製品群の技術指導・販売・マーケティングを
担当することになりました。


日進月歩で新たな学説が発表されて、それに伴う新術法が考案されて、治療適応患者の増加が著しく、
急激な市場規模の成長が起こり、私自身は多忙を極めました。
 

当時、月平均残業時間は50~100時間/月、たまに200時間/月を超える場合もありましたが、

業績が右肩上がりで、また強烈に忙しく、“他人から必要とされる感覚”に

ずっと浸っていることが出来て、“自分自身の無能さ”“自己重要感の低さ”に

ふれることなく、対外的にはとても有意義に見える時間を過ごすことが出来たように感じています。

私の自己顕示欲、自己重要感は一時的ですが満たされていたと思われます。


内面的に“自分自身の無能さ”を感じたくなかったので、

忙しい時間の合間を縫って、時間がある限り、

自分磨き;読書、高額自己啓発セミナーへの積極的参加を欠かさず行い、
結果として自分がまるで一気に有能になった感覚に浸って、恍惚な状態であったと思います。
 

“他人から有能な人と思われるための知識・情報の収集”にはとても貪欲であって、

 

それを手にいれるためには、金に糸目をつけない状態でありました。

今となってはとても高い授業料を払っていたな、と思います。


そして、すべてが軌道に乗っていて順調そのものであった38歳のある日、

朝、起きようとすると背中から全身に向かって、強力な電気が走ったような

“激痛”に襲われました。あまりに痛くて全身に力が入らず、立ち上がれない状態が2~3日間続きました。



この間、背中に何かが触れると激痛が走るので、横になって休むことは出来ず、
ソファーに座ったままで仮眠を取ることしか出来ませんでした。


本当は安静状態にしていた方が良かったのでしょうが、少しでも動けるようになると、

多少の痛みを我慢しながら、誰にも病状を打ち明けることなく、日々の仕事をこなしていたと記憶しています。

(誰かに助けてと言えなかった、言ってしまうと、“弱いやつ”と思わることが怖かった。
周りの人を信頼して仕事を任せることが怖かった。)



この時、初めての体験でしたので、びっくりしましたが、
少し過労気味だから少し休めば、また元通り働けると事態をあまく考えていました。


その後、この激痛は、3~4回/年間の頻度で発症して、43歳になるまで続きました。
(38歳~43歳;約5年間)


さすがに、これはマズイと思い、有給休暇を取得して、
病院で精密検査を受けることにしました。

血液検査、生化学検査、問診、触診、レントゲン写真、エコー検査、運動負荷試験など

内科的領域から外科的領域に至るまでまさに精密に検査して頂きました。

そして、下された診断されたのは、“異常なし”ということでした。


その際、私は担当医に思わず言ってしまいました、

“先生、私、少し病状が良くなって、多少動けるようになったから身体引きずって、
ここまで来たんですよ。”

“本当に異常ないんですか⋯⋯ !?”

“間違いないんですか!?”

”・・・・・・・・!? 

 

既述の通り、私は長らく医療業界に関わっていましたので、各検査データ値、レントゲン写真、
エコー画像が正常範囲であることは容易に判断できました。

この時、直感で感じていました。身体的な問題ではない、ということを・・・・・・

 

この一連の出来事をキッカケにして、私自身が心理学への探求が始まったといえます。



心理学・心理療法との出会い

前述したように、

“私は自分自身が無能であることを認めたくない”、
“私自身が取るに足らない奴だと他人に知られたくない”、

“自己顕示欲を満たしたい”“自己重要感を満たしたい”

という欲望から30代前半には休日のたびに、最初はビジネスセミナーによく通っていました。

当時は有名経営コンサルタント 大前 研一さんや堀 紘一さんがテレビ出演して、

経営コンサルタント業界がとても華やかに目に映り、それになるための登竜門である

欧米の経営学修士;Master of Business Administration(MBA)を取得するために、

留学を志す方々のために、欧米大学院大学日本校が設置されはじめた時期であったと記憶しています。

私もこの時の流れに乗って、各校留学概要説明セミナーに参加して、

留学した際のイメージを何度も描いていましたし、よりストイックに英語・英会話も勉強しまし、

スクールにも通っていました。

 

その他のスキルとして、

“リーダーシップ”
“戦力的思考術”
“効果的プレゼンテーション”
“チームワーク”“勉強方法・術”などの

 

キーワードに引っ掛かるセミナーが極力参加して、人脈を拡げ、知識を蓄積していきました。

 

そんな時に、偶然出会ったのが、

NLP【神経言語プログラミング(しんけいげんごプログラミング、Neuro-Linguistic Programming)は、
ジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーによって提唱された、コミュニケーション、能力開発、心理療法の技法】
であり、

“お客様をうまく操るためには・・・・ ” 

“契約をより有利にするためには・・・・ 

“より高い価格で売るためには・・・・ 

“部下を猪突猛進に働かせるためには・・・・ 

 

など自己欲望を満足させるための動機で、ビジネスNLPプラクティショナーコース、マスターコースと通って

修了書を頂いたら、次なる高みを目指して同じくNLP講座に申し込んでみると、

今度は心理療法に使われる技法が含まれた講座でした。

 

NLPの基礎からそれを応用した心理療法まで幅広く学べたと思います。

この時に、心理療法を初めて見たのですが、最初は“これは何!?”って驚きましたが、

心理セッションを受けたクライアントに約1か月後再会してみると、明らかに表情が変化して、

“楽”になっている様子を伺い知れました。

このNLPプラクティショナーコース、マスターコースも卒業した後、

何が起因になっているのか全く定かではなかったですが、“効果的で、良さそうよ”という

噂を聞けば受講して、また別のところで良い情報を入手すれば、いろいろと調べてまた受講する、

いわゆるセミナージプシーになっていました。

なにか途方もない迷路を周回している感じでした。

ずっと、“何か不安”に駆り立てられているような、そんな感覚でした。

様々な心理療法・心理学の講座に通いました。

 
上記のビジネスNLPプラクティショナー・マスターコース、

これ以外2団体で再受講を含めて4回受講、心屋塾、ゲシュタルト心理学、
アドラー心理学、人間性心理学、精神分析(フロイト・ユング)、
交流分析、再決断療法、催眠療法、陰陽五行講座、
認知行動療法、トランスパーソナル心理学、プロセス指向心理学、
ビリーフチェンジセラピー、フォーカシング、
依存症専門カウンセラー養成講座など、
この他にも気になるとおもった講座には、全て参加しました。

 

受講・参加した時は、やる気に満ち満ち溢れているのですが、しばらく日常生活に戻ってしまうと、

また同じように茫漠とした意識状態になってしまい、“なにか、物足りない!?”、

そしてまた参加する、その繰り返しでした。

 

最終的には、費やしたお金の総合計は1,000万円を超えていました。