人は周囲からの影響をすごく受ける

みなさんこんにちは、心 works learningの福井 久です。 

東京エリアでは、今日、朝は結構雨降りでしたが、天気予報どおり、

 

昼過ぎから晴れ始めて、気温が一気に高くなりましたね。

 

私自身、なんとなく雨降りや台風、くもり空では気分が塞ぎこみます。

 

逆に、太陽が燦燦と輝いていると、とても元気が出てきて、身体が軽くなったりします。


この法則をうまく利用すると、とても明るく、上を向いて、太陽光線を浴びていると、

 

深く落ち込むことが出来ないということで、この法則は私自身の日常生活によく応用していますね。

このように、暗黙のルールを感じ取って、それに自らを適応ができる能力を持ち得るのも、人間である由縁だと思います。

 

この適応能力を最初は意識的に使っていた状態が、最終的に無意識的になってしまい、

 

本人がそんな能力を習得したことさえ忘れてしまっている状態があります。

 

それが、私のところに相談にいらっしゃるクライアント様ということです。

心理療法は、無意識化された暗黙のルールを意識化して、その影響を受けない、

 

もしくは最小限にしようというものです。

 

ですから、私は無意識化された暗黙のルールを悪者扱いはしません。

 

一時期は無意識化された暗黙のルールを守ることで、安全が保障されたわけですから・・・。

 

でも、そろそろその無意識化されたルール、大切に持っておく必要はないんじゃないですか?


これを理解して頂ければ、今まで閉じ込められていた“無意識化された暗黙のルール”から解き放たれる可能性が高くなると思います。

ただ

“人間って周囲の様々な外部因子(気候・所属集団;家族・学校・会社・地域など)から

影響を受けるんじゃないかなぁ”って思うのです。


例えば、私は大阪出身ですから、“大阪がもっている器質”:暗黙ルールに影響を

受けていると感じます。

 

“せっかち”“本音勝負”“合理的”などのキーワードが浮かんできます。


先日、新大阪で新幹線を降りて改札に向かい、それから地下鉄御堂筋線に

 

乗り換えようとした時に、上記の“大阪の器質”:暗黙リールから影響を受けていることに気付けました。

 

エスカレーターでのこと、東京では全て“左立ち”です。

 

急ぐ方のために右側を空けておいて、右側は階段を昇り降りするように、

 

他人が往来するのが通例です。しかし、大阪ではそのルールが全く逆で“右立ち”であり、

 

左側を空けておくということは、知識として知っていましたが、降車後、瞬時に身体が対応しませんでした。

 

そのエスカレーターに無意識の内に、東京・関東圏でやるように左立ちしていると、

 

後ろから来る人達に、“もう~っ、邪魔やなぁ~”“立ち止まる人は右側に立てよ”って

 

現地の方に先を越された際に、文句を言われているような、捨て台詞を吐かれているようでした。

 


その日を含んで、3日間滞在していましたが、

“歩くスピードが速い”

“喋るスピードが速い”

“生活リズムが全般的に速い”など

 

違和感を覚えていましたが、その出来事以降は

 

現地”大阪の器質“暗黙ルールに従って行動していたので、事なきを得ていました。

 そして、最近になって明確になってきたのが、誰かに話し掛ける時も、

 

その共同体の器質に影響を受けていることです。


私は大学を卒業後、就職した企業の勤務地がずっと(24年間)東京でした。

 

最初、東京で“大阪出身だ”ということで、テレビに出演している

 

関西芸人のイメージで、“面白い人”“良くしゃべる人”などと自動的に

 

相手の妄想が発動されていましたので、その流れに乗ることをやっていましたが、

 

中には、“しゃべりかけられると怖い”“どんな反応をして良いかわからない”などの

 

評価・印象を頂いて、その当時は外回り営業でしたので、このままでは良くないと思って

 

“言葉使い”や“話し掛け方”をよく注意したものでした。

 

その甲斐あって、東京でのコミュニケーションはうまく出来ましたが、ある意味、演じることを強制されたものだと思います。

 

今では、なにも意識しなくても、新大阪駅をおりて、大阪の空気感を感じると自然に、


“適合している自分”がいることに気が付いています

これは、”東京エリア“にしても、”大阪エリア“にしても、それぞれ独自性を持った

 

文化・習慣・風習がそれに属している人々によって創作されて、その人々によって

 

遵守実行され、そして最終的に無意識化されていく。


これがいわゆる”暗黙のルール;集合意識“と呼ばれるものであると思います。

 

このように、暗黙のルールを感じ取って、それに自らを適応ができる能力を持ち得るのも、

 

人間である由縁だと思います。

 

この適応能力を最初は意識的に使っていた状態が、最終的に無意識的になってしまい、

 

本人がそんな能力を習得したことさえ忘れてしまっている


状態があります。それが、私のところに相談にいらっしゃるクライアント様ということです。

 

心理療法は、無意識化された暗黙のルールを意識化して、その影響を受けない、

 

もしくは最小限にしようというものです。

 

ですから、私は無意識化された暗黙のルールを悪者扱いはしません。

 

一時期は無意識化された暗黙のルールを守ることで、安全が保障されたわけですから・・・。

 

でも、そろそろその無意識化されたルール、大切に持っておく必要はないんじゃないですか?


これを理解して頂ければ、今まで閉じ込められていた“無意識化された暗黙のルール”から解き放たれる可能性が高くなると思います。