中庸;真ん中にいること①

「論語」の中に

出てくる言葉で

 

中庸(ちゅうよう)

という概念があります。

 

インターネットで

詳細な意味を

調べてみると、

 

極端な行き方をせず

穏当なこと。

片寄らず中正なこと。

 

とあります。

 

私の経験・体験を

踏まえて、

 

中庸でいることの大切さ、

難しさについて

 

書いてみたいと思います。

 

プロフィールをご覧頂ければ、

お解り頂けるように

 

取り憑かれたように働き、

ワーカホリック(仕事中毒)で

 

あったと思います。

 

今でも、記憶にあるのは、

週末は必ず池袋ジュンク堂書店の

 

ビジネス書売り場に足繁く通って、

 

“今週の新刊はどれか”

 

“今の流行りの

トレンドはなにか”

 

“注目すべき起業家は”

 

などを確認しながら、

その場にいること自体が

 

快感であったと思います。

 

(多くのビジネス書に

囲まれていると、

まるで自分自身が

優秀なビジネスマンに

なったように

錯覚できたから)

 

また、この頃、有名起業家と

呼ばれる方々の

 

伝記本を

沢山読んでいました。

 

ウォルマート;

世界最大のスーパーマーケット:

サム・ウォルトン

 

スターバックスコーヒー;

ハワード・シュルツ

 

ダイエー;中内 功

 

日本マクドナルト;藤田 田

 

ケンタッキーフライドチキン;

カーネルサンダース

 

ディズニーランド;

ウォルト・ディズニー

 

など数え上げればきりが

ないほど、貪る様に

 

本を読んでいました。

私が

なぜにそこまで有名起業家に

 

関心があったかというと、

 有名起業家が

 

考案する

 

販売戦略・

広告戦略・

事戦略

 

など、

 

その当時にはなかった

斬新な戦略と

 

ベンチャー企業なら

 必ず訪れる倒産危機を

 

最後の最後に乗り切っていく

 アイデアに注目していました。

 

他にも、当時、

 

有名経営コンサルタント 

ピーター・ドラッカー

大前研一さん

堀紘一さん

 

一橋大学 

起業戦略研究科教授 

 竹内弘高先生や

 

そのチームから出版される本は

全て目を通していました。

 

そして、その斬新な戦略と

起死回生なアイデアを

 

“そのまま”当時の仕事環境に

適応させようとしていましたし、

 

会議などで意見を

求められる時には、

 

私の意見は

全て“それらのビジネス書の

 

読んだ”記憶から

回答していました。

 

全ては

 

“優秀な人材である、と

承認されたい”という欲望

 

から来ていて、

 

私の心の深層には

 

“私は学歴コンプレックスが

あって、できない人間だ”

 

ということを

 

周囲・同僚・上司・得意先

などに知られたく

 

なかったと思います。

 

ただ、

 

の状況を

よく観察して

 

頂くとよくわかるのですが、

どの場面でも“自分自身”

 

というものがないんですよ。

 

そりゃそうですよね、

本当の自分自身を

 

曝け出してしまうと、

 

周囲・同僚・

上司・得意先などに

 

“あいつは無能な奴だ”

“付き合う価値はない”

 

などと思われるのでは

ないか、と自分自身の中、

 

恐怖心で一杯だったから、

 有名起業家、

 

経営コンサルタントの

思いついた

 

斬新な戦略・起死回生な

アイデアが自分を

 

守る“鎧”として

必要だった訳です。

 

“優秀であると

見なされたい”という

 

欲望は、

本来の私ではない

 

人格を創り出して、

 

 自分の意思を

持たない“物質社会の奴隷”

 

になっていました。

 

そして、

月日が過ぎて

 

ーカホリック(仕事中毒)が

ますますひどくなって、

 

原因不明の激痛に

襲われていた

 

 40歳を迎えた頃、私は

 

霊性(スピリチュアリティ)に

取り憑かれていきました。

 

最初は厄年に関連した

出来事からでした。

 

“この原因不明の

激痛から逃れたい”

 

“あれほどうまくいっていた

仕事・人間関係が

うまくいかなくなった

状況から逃れたい”

 

“大好きだった仕事に

全く魅力を感じなくなった

状況を逃れたい”、

 

その思いは、

 

私を高額な

厄払いお護摩、

 

色々な神社・寺院の

お守り数種類、

 

高額なスピリチュアル

カウンセリング、

 

ヒーラー個人セッション

数え切れず、

 

パワーストーン買い漁り、

 

呪い・呪文・魔法教室、

 

占い各種、

 

風水、タロットカード

 

などに導かれ、不安を

払拭するために

 

多額のお金を投資しました。

 

124時間の行動さえも

ペンジュラム(振り子)を

 

使わなければ、

 

どの地域に行くのか、

なにを買いたいのか、

どのお店にいきたいのか、

今日は何をすべきか、

 

など決められない状態でした。

 

何かを選択して、

裏目に出ると怖いので、

 

自分の考えで

選択できなかったんです

 

その不安は

払拭することは

 

出来ませんでした。

 

部屋の各所に

パワーストーンを

 

置いて、

 

パワーストーンブレスレット、

パワーストーンネックレスを

 

付けて、

 

部屋で一人宇宙の

エネルギーを感じていると

 

錯覚している時が

一番安心しました。

 

この状況を

当時全くおかしいとは

 

思っていなかったんです。

この霊性

(スピリチュアリティ)の観念も、

 

当時、

 

自分の周りは敵だらけで、

みんな私の悪口を

 

言っていて、隙あれば

裏切っていくという

 

妄想を持っていた

 自分を守る“鎧”として

 

必要だった訳です。

 

この時も

 

本来の私ではない人格を

創り出して、

 

自分の意思を

持たない

 

“霊性の魔力の奴隷”

になっていた訳です

 

この対照的な2つの状況、

 

 物質社会の奴隷になって、

ひたすら“優秀な人材”

 

でありたいと

思っていた時期

 

 

霊性の奴隷になって、

ひたすら

 

“不安・恐怖から逃れたい”と

思っていた時期

 

どちらも

 

“私自身、ありのままの私”は

ではなく、どちらの時期も

 

なにか乗っ取られた状態

苦し紛れに作り出した

 

人格に同一化して、

自分自身だと

 

思い込んでいました。

 

今回はここまで、

次回をお楽しみに!

 

最後まで読んでくださって、

ありがとうございます。