優秀な心理セラピスト・カウンセラーって

私自身、心理セラピスト・カウンセリングを

職業にしてから、そろそろ2年が

経とうとしています。

 

 

 

その間には、様々な悩みをもった

クライアント様に出会う事が

出来ました。

 

 

中には、本当に散々、

苦労されて、いろいろな情報源を

 

 

基に行動して、翻弄させられた方が

私のセッションを受けて下さって、

 

 

ご自身の悩みが軽減して、

自分の力で生きていこうと

 

 

決心され、卒業される時

頂く言葉があります。

 

 

“福井さんの深い愛、

慈悲の心に癒されました”とか、

 

 

“福井さんの何でも包み込む

無償の愛に感動しました”など、

 

命の恩人的なお言葉を頂きます。

 

 

 

その時、自分の中では、

少し違和感を覚えながら、

そのお言葉を受け取っているのです。

 

 

皆さん、心理セラピスト・カウンセラー

と聞いて、どんなイメージありますか?

 

 

“誠実な人”

“一生懸命に関わってくれる人”

“慈愛に満ちている人”

“全てを認めてくれる人”

“こころの師と仰ぐ人”など、

 

 

まだまだ言葉を上げれば、

形容することが出来ると思います。

 

 

 

そのほとんどが肯定的な

言葉であると思われるんですが、

本当にそうなんでしょうか?

私がプロフィール

書かせて頂いたように、

 

 

起業する前に、

様々な心理セラピー・カウンセラー

養成講座に通っていました。

 

 

下馬評を調べてみると、

Webの掲示板には

 

 

 

“人柄がいい”とか

“情熱的で、一所懸命だ”

“面倒見がいい”とか、

 

上記で記載した形容詞が

見受けられる人と、

 

 

“サディスティックだ”

“肝心なところで逃げる”

“金儲け主義だ”

“全然、寄り添ってくれない”

“依存関係を強化されるだけだ”などの

 

 

とてもネガティブな形容が

されている人とがいました。

 

 

では、後者のようなネガティブな

評価をクライアントから発せられたら、

 

 

心理セラピスト・カウンセリング業は

続けていけないんじゃないか、

 

 

と私は思うのですが、

いろんな情報筋から聞いてみると、

 

 

むしろ熱狂的で、固定な

ファンがいたりする訳です。

 

 

私が思う心理セラピスト・

カウンセラーとして求められる

資質でとても大切なのは、

“深い影”をもっていること

 

 

エゴイスティックで、

自分勝手で、

傍若無人で、

自己中心的で、

他人を蹴落としても、

自分が大切など

 

 

の側面を

持っていることを否定せず

にいることだと思います。

 

 

 

“えっ~、そんなの、

心理セラピスト・カウンセラーとしては

駄目なんじゃない!?”って

 

 

批判されると思いますが、

人を癒す力(慈悲・慈愛・本当の愛・

赦す・承認・受容)は、

 

 

人間の光の側面によって

行われていると思います。

 

 

 

ここで、光と影の法則

成り立つわけですが、

 

光の側面の能力を使って、

多くの人に関われば

 

関わるほど、多くの人達から

感謝され、上記で挙げさせて

頂いた美辞麗句が並ぶのですが、

 

 

それと共に、過剰な自己愛が

刺激されて、承認欲求をさらに

 

満たしたいと渇望して、

欲望のままに、振る舞いたい、

という衝動に駆られる訳です。

 

 

つまり、光の能力(人を癒す力)が

巨大であればあるほど、影(欲望)も

 

 

大きくなり、欲望に取り憑かれてしまって、

無意識的にバランスが取れなくなって

 

 

しまった心理セラピスト・カウンセラーも

数多くいると思います。

 

 

光と影は必ず呼応していますので、

上述した影の側面

(エゴイスティックで、自分勝手で・・・・)を

 

 

否定して、

 

 

“私は清廉潔白で、

品行方正で、

成人君主で、

影の側面なんて持ち得ない”という

 

 

人は、光の側面を肯定するけど、

影の側面は否定をする訳ですが、

 

 

実際には、影の側面の存在を否定すれば、

光の側面の存在も否定されるので、

 

 

本質的に他人を癒すことなど

絶対にできないと思います。

 

 

ですから、“深い影”の側面の

存在を否定しないことがとても

大切になってくるわけです。

 

 

本当に素晴らしい

心理セラピスト・カウンセラーは、

 

 

光の側面から影の側面両方

ともに持っていることを否定せずに、

 

 

常時、両側面を

刺激されるような出来事が

起き続けても、

 

 

どちらのエネルギーに巻き込まれることなく、

中庸・中道を保っていられる意思力

鍛えられている人達であると思います。

 

 

例えば、クライアントのためだったら、

 

時に、突き放してみたり、

手厳しい言葉を浴びせてみたり、

 

 

クライアントから非難されたり、

罵倒されたりすることも

意図的に出来る人、

 

 

自分の保身のために

クライアントにこびへつらわない人

 

 

などが挙げられると思います。

 

 

 

この世の中、大なり小なり人間の

欲望を肥大化させる出来事が

 

起きている中でこそ、この意思力は

鍛えられると思いますが、

 

決して容易くないと考えます。