感情、適切に感じられていますか?

 最近、東京エリアでは、

コロナ新規感染者数が毎日、

 

“過去最高”を更新しています。

 

これは、東京に

限ったことではなく、

 

全国に渡って、

同じような傾向が

 

続いていますよね。

 

連日、テレビ、Webニュースでは、

このことが関心事ですから、

 

報道されて、これに報道に

翻弄された方々が

 

また再現性を持って、

同じように、

 

“買い占め行為”

が出現しているようです。

 

このような状況下で、

最近、たまたま通勤時間帯の

 

電車に乗る機会がありました。

 

すし詰め、ぎゅうぎゅうでは

ありませんでしたが、

 

想像していたよりは、

人が乗っていたと思いました。

 

この状態は、感染防止

対策に挙げられている、

 

3密”(密着・密集・密閉)

であると、私は思いましたが、

 

乗客を観察していても、

特に気にしている感じはなく

 

スマホで新聞を読んでいたり、

Lineで会話を交わしていたり、

 

ゲームに夢中だった、

などの光景でした。

 

 以前、私がサラリーマンを

やっていた時、毎朝、

 

ぎゅうぎゅう、すし詰め状態の

通勤を経験しましたが、

 

その時に感じていた感覚と

同じで、本当に無機質で、

 

感情がない、

感じを受け取っていました。

 

当時、私は社畜サラリーマンを

やっていた頃は、

 

 

日本のサラリーマンが

共通で持っていたと思われる、

 

“会社のためなら、

激混み通勤電車も辛くない”

 

“通勤電車で疲れている

奴は甘えている”

 

“本当はしんどいし、

辛いのに、そのことを会社周囲の

人達に漏らすことができない”

 

などの暗黙のルールがあり、

会社員はご自身の感覚を

 

麻痺させて対応すること

体得していたのだと思います。

 

ただ、これは会社という枠組みに

発生する訳ではなく、

 

 

人間がこの世に生を受けてから、

最初は家族から始まって、

 

 

(⇒ あなたはどのグループに属していますか?

 

 

様々はグループに属して、

暗黙のルールを獲得する際、

 

ご自身の感情を麻痺させていく

必要性があったのではないか、

 

どんなに感情が反応して、

ムカついても、腹立っても、

 

悲しくても、怖くても、

その集団が達成すべき最も

 

重要な目標のために、

構成員各人、自己犠牲を強いられて、

 

終いには自己犠牲をしている

感覚さえなくなっていたの

 

かもしれません。

 

その過程で、

本来は感じていいはずの

 

感情(怒り・悲しみ・怖い)を

置き去りにして、

 

何も感じていない

フリをしないといけなかったの

 

かもしれません。

 

そして、この状態を続けていると、

失感情症(アレキシサイミア)

 

という病状に代表されるような

状態になる可能性があります。

 

e-ヘルスネットより引用

失感情症(アレキシサイミア)

 

シフネオスが提唱した

性格特性です。

 

自分の感情(情動)

への気づきや、

 

の感情の

言語化の障害、

 

また内省の

乏しさといった点に

 

特徴があると

言われています。

 

心身症の発症の

仕組みの説明に

 

用いられる概念ですが、

近年は衝動性や

 

共感能力の

欠如など、

 

ストレス対処や

対人関係を巡る問題との

 

関連が研究されています。

 

~中略~

失感情症の概念は

研究者の間で検討されて、

 

以下の特徴として

まとめられました。

 

・自分の感情が

どのようなものであるか

言葉で表したり、

情動が喚起されたことに

よってもたらされる

感情と身体の感覚とを

区別したりすることが

困難である。

 

・感情を他人に言葉で

示すことが困難である。

 

・貧弱な空想力から

証明されるように、

想像力が制限されている。

 

・(自己の内面よりも)

刺激に結びついた外的な

事実へ関心が向かう

認知スタイル。

 

引用終わり

 

この物質社会、

唯物論がまかり通る

 

現代社会において、

感情を十分に

 

機能させていると、

とても生き辛くなるときが

 

あると思います。

 

その代わり、思考力が

凄く鍛えることができますが、

 

思考過多になる

傾向にあると思います。

 

コロナ禍を切っ掛けに、

今、社会の構造が大きく

 

変化しようとしているのは、

皆さんご存知の通りです。

 

では、次の社会では、

どのようなことが流行するのか、

 

問いを持つところですが、

今までおざなりになっていた

 

感情機能を精一杯使って、

人々にきめ細かく

 

共感してみること、

そして、感情機能と

 

思考機能の

バランスを取り直すこと

 

だと思います。

 

その結果出てきたものに

変化していくことを

 

躊躇しないこと、

過去に執着しないこと、

 

これが何より大切である

と思います。