本物でも、偽物でもない、信じればそれが真実

 

今日は、たまには

気晴らしと思って、

 

 

灼熱炎天下の中

外出をしました。

 

 

幾つか目的があったうちの

1つが映画鑑賞です。

 

 

 

“コンフィデンスマンJP 

プリンセス編”を

観ました。

 

 

 

内容については、

“ネタバレ”に

 

 

なってしまうので、

ここでは触れません。

 

 

 

この映画の中で、

とても印象的なセリフがあり、

それが

 

“本物でも、偽物でもない、

信じればそれが真実”

 

 

という言葉・・・。

 

 

物語の設定は、

信用詐欺師の

 

 

お話ですが、

詐欺師というのは、

 

 

“偽物にも関わらず、

いかにも本物であるように

 

 

 

演技できる、

 

もしくは

 

 

本物に成りきる事ができる人”

であると思います。

 

 

よくニュースで出てくるのが、

 

“結婚詐欺師”

“オレオレ詐欺師”。

 

 

 

本当に、結婚する意志が

ある婚約者になりきることで、

 

 

本当に、金銭トラブルに

巻き込まれた息子に

 

 

成りきることで、

ターゲットから

 

 

多額の金銭を

だまし取ること、は皆さん、

ご存知の通り。

 

 

詐欺師の裁量は、

ターゲットに偽物なのにも

 

 

関わらず、どれだけ

本物と思い込ませるか、

に掛かっている訳です。

 

 

そして、この全体構造を

私達の日常生活に

 

 

当てはめて考えてみると、

あまりにも当たり前に

 

 

なり過ぎて、みんなが

疑わない事が多い事に

驚かされます。

 

 

まずは、“一般常識”という言葉です。

“そんなのは、常識でしょ!”なんて

 

 

言うセリフは、

よく聞くと思います。

 

 

 

ですが、常識とは、

多くの人達が信じている

 

 

思慮分別の判断基準ですが、

これらは多くの人達が

 

 

信じているだけであって、

少数派の人達には

 

 

当てはまらないということ、

そして、多くの人達は、

 

 

“一般常識”ということで、

何も疑いなく守らなければ

 

 

ならないと

信じている訳です。

 

 

 

そして、共通の法則であるように

見えても、個人間で、少しずつ

 

 

 

差異が見られることも

興味深いですね。

 

 

例えば、

恩恵(プレゼント・お祝い・お金など)を

 

 

頂いたら、

必ずお返しをした方がいい、

 

 

という暗黙の法則が

見受けられます。

 

 

 

 

ただこの法則は、

みんなが信じているから

 

 

運用されているだけで、

本物でも、偽物でもないという

 

 

ことがお判り頂けると

思います。

 

 

スーパーの

試食品コーナーや

 

 

お年玉、結婚祝い、

出産祝いなど、

 

 

あまりにも当たり前に

行われている習慣で、

 

 

やっている人達はこの法則に

疑いなど持っていないと

思います。

 

 

そこには、上述した

 

 

“本物でも、偽物でもない、

信じればそれが真実”

 

という訳です。

 

 

権威についても同じくです。

 

日本人は特に、肩書きがあるだけで、

その人が言っていることを信じてしまう

傾向にあると思います。

 

 

東京大学法学部卒業の

弁護士の〇×▼さん、

 

 

ハーバード大学医学部卒業の

医師の〇×▼さん、

 

 

なんて事例は聞いたことありませんか、

 

 

発言内容、記載された文章より

先にその方の所属;

 

 

権威付けを確認することで

安心されるのではないでしょうか?

 

 

もしくは、過去の作品が

素晴らしかったから、今回も

 

 

素晴らしいに違いない、

なんて思い込みを

持っていませんか?

 

 

 

書店;ビジネス書コーナーでは、

 

東京大学やハーバード大学の

研究者グループ、

 

 

有名コンサルティングファームの

マッキンゼー、ボストンコンサル、

 

 

有名経営者/実業家である

稲盛和夫さん、堀江貴文さん、

 

 

などの本が平積みされて、

世の一流サラリーマン達の

 

 

バイブルになって、思考力を

占領してしまっていることも

事実であると思います。

 

 

 

世の一流サラリーマン達は、

特に情報の濁流の中に

翻弄されていると感じます。

 

 

その状況下で何が真で、

何が偽なのか、時間経過と

 

 

立ち位置によって、

コロコロを変化していくものと

思います。

 

 

ですので、

彼らにとっても

 

 

“本物でも偽物でもない、

信じればそれが真実”

 

 

が当てはまると思います。

 

 

また、正義についても、

同じことが言えると

私は思います。

 

 

正義はそれぞれの

人の中にあり、それぞれに

 

 

定義は異なっていると

思います。

 

 

 

大きく分けて、

 

 

①大多数の人達の幸福最大化を

目指すことを

正義と定義しているか、

 

 

 

②個人の幸福最大化を

目指すことを

正義と定義しているか、

 

です。

 

 

①では少数派の人達が

とても悲惨が状況に

追いやられてしまいます。

 

 

②では、個人、個人の幸福が

尊重されて、一見良さそうに

 

 

見えますが、個人を

わがままにしてしまいがちになって、

 

 

多人数からなる

社会においては、

 

 

バランスが悪い状態に

なると思います。

 

 

 

たとえば、

 

①については、

LGBTQ⁺の方々に

 

 

対する社会保障制度、

暮らしやすいシステムなどは、

 

 

日本ではほぼありませんし、

②については、

 

 

個人が尊重されて、

労働にて賃金を得た際、

 

 

個人の労働によって

発生した賃金だから、

 

 

税金を納めるかどうか、は

個人の決定が尊重されるような

 

 

世の中では、

税金は集まらないので、

 

 

全ての公的サービスシステムが

破綻してしまうでしょう。

 

 

 

ですので、

 

 

この正義について

 

 

“本物でも偽物でもない、

信じればそれが真実”

 

 

が当てはまると思います。

 

 

そして、

私達が暮らしている

この現実世界もまた

 

 

“本物でも偽物でもない、

信じればそれが真実”

 

 

なんだと・・・。