働き方改革と残業時間②;ひとりブラック企業

前号で、働き方改革と残業時間について、

集団をコントロールする“集合意識”と
成功体験がもたらす“快感感情による支配”

の観点からこのブログを書かせて頂きました。

今回は人間の行動を無意識的に決めている行動ルール;“ビリーフもしくはプログラム”の

観点から書かせて頂きます。

前号では、私が前職で入社してから3年間

(一般営業職;販売会社配属)に感じていたことを中心に

書かせて頂きましたが、今回は4年目から絶頂に忙しかった

繁忙期(循環器/心臓不整脈専門職;本社事業部配属)の

体験を基に書かせて頂きたいと思います。

私は4年目に人事異動を経験しました。ある担当エリアをもって営業活動を行う一般営業員から、

本社輸入事業部の循環器/心臓不整脈に関連する製品群の担当者です。

そして、営業組織にいた時と差異を感じたのは、“本社事業部では、残業で居残る人があまりに少ない”ということです。

私のケースでは、終業時間を過ぎて残業していると、

上司から“もう1900だから、はやく帰りなさい”(営業組織時代では考えられない)と言われた、

営業組織をコントロールしている力と本社事業部をコントロールしている力が

全く違うことに驚かされました

 

一般営業員時代に感じていた“暗黙のルール”ではなく、

本社事業部ならではの“暗黙のルール”があったと思います。

 


この輸入事業部で仕事をして、初めて経験したのが、

“大型製品導入”でした。

 

 


この作業は、通常、商社であれば、3050人ほどの

チームが編成されて、各ステップに人員が

割り当てられていくわけですが、当時、輸入事業部の

1導入チームであったので、34人しか人員が割かれませんでした。

必然と1人が多くの役割を兼務するしかない状態で、

 


私は主に

 


薬事取得のための学術資料の整備

国内マーケティング

販売促進資料

販売会社向け/ユーザー向け勉強会/講習会資料作成

 


に従事しました。

そして当時のスケジュールは下記に

 

平日:(たまに7009002100 帰宅後、家のPCで 200頃まで作業

土曜日:休日出勤 900-1900会社で残務処理 もしくは学術会/各地方会参加 もしく出張手術同行

日曜日:休みですが家のPC学術資料/販売促進資料作成 

 

ご覧頂いてわかる通り、ほとんど身体的にも、心理的にも休めていない状態でした。

しかし、私自身、20歳代後半~30歳代前半だったので、
体力があったのでなんとか大量な仕事をこなすことが出来たと思います。

 

当時の私は何を考えて、どんな思いで、仕事に臨んでいたかという

 

“この大型商品導入を絶対に成功させたい”
“会社の業績を絶好調にしたい“
”業界に革新を起こしたい”
“他の追随を許さない1番になりたい”
“既成概念を覆したい”
“最先端医療を開発したい”

などいろいろな思いが表層意識ではありましたが、

 


潜在意識で本当は周囲の人達から評価されたい
承認されたい
優秀な人材として認められたい
会社から必要な人材であると思われたい
自分の仕事納期で関係者に迷惑を絶対掛けてはいけない

と思っていたと考えます。


つまり、
“目に見えて誰かの役に立つ自分自身は存在価値があるけど、
誰かの役に立たない自分自身には存在価値はない”

 


このシーンに当てはめると、

 


“大型商品導入の成功をして、会社の業績を劇的に伸ばし、
既成概念をぶっ壊して、業界に革新を起こし、
周囲関係者に迷惑をかけない自分自身には存在価値はあるけど、
そうでなければ存在価値はない”

という潜在意識を強く持っていたと感じています。

従って、本社事業部に異動になった後では、営業組織に属していた時に感じていた

“暗黙のルール”(長時間働かなければならない、休日出勤は当たり前など)が

存在しないにも関わらず、自分自身の存在価値を感じる(誰かの役に立っていることを実感する)ために、

独自ルールを作って、自分自身を追いこんで働いていたと思います。

 

決して労働を強制されることはなくなったが、自分自身の肯定感、存在価値、承認欲求を感じるために、

ブラック企業が強いていた労働環境を自ら作り出していて、そのことに気付かず、

“忙しい”“時間が足りない”を口癖にする方々が多く見受けられるのではないかと感じるのです。

 

いわゆる、“ひとりブラック企業”です。


このような現象は、決して私に発生した特有なものではなく、

30歳代後半~40歳代前半のミッドライフ・クライシスを向える

ビジネスパーソンに見られる現象ではないかと感じます。

いくら行政が働き方改革を進めて、ルールだけを

整備したところでその場で労働に従事している方々の心に寄り添った根本的な改革を実施しなければ、

変化が見込めないのではないか、というのが私の経験・体験からの意見です。

 

 

最後に、今なお“ワーカホリック”で、止めたいけど止められない人は、是非、一度、私にご相談くださいね。