公然と行われる学歴差別②

前号(⇒ 公然と行われる学歴差別①)で、れいわ新撰組の参議院選挙

比例代表公認候補で出馬されていた安富 歩(あゆみ)さんの

演説をYou tubeで拝見していて、出てきたキーワード“学歴差別”という言葉から、

 

 

 

私の実体験をお話しするところで終わっていましたので、

今回は実体験を包み隠さず、お話ししたいと思います。

 

 

 

 

まず、前号でご紹介した私塾(学習塾)の塾長は、

“無名校から有名大学に合格させる”ことに

 

 

生き甲斐を感じていらっしゃいました。

当時の私は、この塾長のニーズにピッタリだった訳です。

 

 

 

塾長は、まずは意識改革から始まりました。

 

 

 

 

“高校3年間、頑張って勉強だけしろ、遊ぶな!”

“青春(高校生活・クラブ活動など)を楽しんだ奴は後で絶対後悔する”

“有名大学に行ってから遊べ!”

“煩わしく時間を取られるから、高校では友達は作るな、付き合いするな”

“勉強する時間を最大限に確保しろ”

“学校でやる勉強など受験には意味がない、受験問題を勉強しろ”など、

塾長に会うたびに言われていました。

 

 

  

 

 

平日1日の平均勉強時間についてですが、

学校から帰ってきてから塾にいくまでに、

2.5時間予習と仮眠、そして、2200~翌朝400までの6時間の勉強、

 

  

 

 

 

ですから平日1日平均8時間、休日はさらに増えて

12時間ほど勉強していました。

 

  

 

 

 

塾長からの講義は、2回程度/1週、23時間/1回で、数学と英語が

主な科目だったと思います。

 

  

 

 

あとの時間は、自分で問題点を見つけて、

参考書、問題集をやるというパターンです。

 

 

  

 

 

 

これがほぼ毎日続く訳です。

ですから、塾には何かを教わりに行っていった、というより、

同じ意識(無名校から有名大学に合格する)をもった

仲間2人とともに自習するための空間でした。

こんなパターンで勉強していると、

高校の授業でやっている内容が

馬鹿らしくなってきて、

  

 

 

 

定期テストでも学年10位以内/500人に

なっていましたが、私が通っていた学校は、

良くもなく、悪くもない、上から数えても、

下から数えても同じ、平均的な高校であったので、

 

 

 

 

たとえ学年1番をとったとしても、

有名国立・私立大学には合格した実績は過去ありませんでした。

 

  

 

 

 

 

自分自身の中でも、塾長に言われた通り、

“高校の中だけで満足するな!”

“高校の授業や人間関係などで時間を無駄にするな!”

と思っていましたし、

 

 

  

 

 

 

 

塾長からも

“校内成績ごときで満足するな!”

“予備校の模試で結果を出してから、喜べ!”など、

言われていたと思います。

  

 

 

 

ここまで書くと、とても順調に成績が伸びていって、

順調に進んでいったように見えますが、

途中何度も、何度も塾を止めようと思いました。

 

 

 

思っていたような結果が出ないと、

1週間ほど落ち込んで、何もやる気が起きなかったり、

部屋中に当たり散らして、参考書、問題集を

 

 

 

 

 

 

叩きつけて自分の不甲斐なさが

無性に腹が立っていたことを覚えています。

 

 

 

 

“俺、何のために高校生活を犠牲にして、

全てを有名大学合格にかけないといけないんだろう!?”

とよく思ったものでした。

 

 

 

  

 

 

 

そして、月日が過ぎて、高校3年生時の受験を向え、

国立大学に挑戦するために、当時の共通一次試験(のちにセンター試験)に挑みました。

 

  

 

 

私の内心は、

 

“これでやっと、長かった戦いが終わる、解放される”と

思って、気を引き締めながらいたことを覚えています。

 

 

 

  

 

 

結果はどうだったか!?・・・・・・・全くダメでした。

 

 

  

 

 

 

予備校模試の結果からも、気付きたくはないけれど、

志望校には届かないということはわかっていたと思います。

 

 

  

 

 

 

 

志望校など夢のまた夢でした。

試験終了後、各紙新聞の模範解答を使って、

自己採点をしている時、結果照合が進めば

進むほど、だんだん肩が重くなって、現実を受け入れられずにいました。

 

  

 

 

 

 

“俺、高校3年間、一体何をやっていたんだろう!?”

  

 

 

 

 

 

“いわゆる青春を全て犠牲にしてきた対価がこの結果か!?”

 

  

 

 

 

 

3年間、体力的にとてもしんどい思いをして、

煩わしいという理由で一切友達を作らず、役に立たないという理由で、

  

 

 

 

 

全く高校授業に関心を持たずに、心理的に辛い思いをして、

尖がり続けてきた結果として、やはり学歴差別される側になってしまうのか”、

 

  

 

 

 

といういつまでも続く自問、この現実は到底

受け入れられるものではありませんでした。

  

 

 

 

 

そして、失望のどん底にいましたが、

“次の進路を決めるために、しっかりしないと・・・・・・”と思って、

少しだけ元気になったところで、予備校の入学試験を受けて、

流石にこの試験に合格して、ちょっとだけ元気になれたのを覚えています。

 

  

 

 

 

 

でも、私自身の中では、

“なんで、俺が浪人生活をしないといけないの!?”

“なんで・・・、なんで・・・!?”

という言葉が何度も、何度も繰り返しエコーが掛かっていた様に響いていました。

  

 

 

 

 

 

次回に続く