公然と行われる学歴差別③

前号(⇒公然と行われる学歴差別②)では、

“学歴差別”というキーワードから、

 

 

私の高校生活の実体験に基づいて、

私塾(学習塾)に通いながら、有名大学合格を

 

 

 

目指していましたが、

結果、全てダメで予備校試験合格まで

掲載させて頂きました。

今回はその続きです。

 

 

 

 

 

 

予備校では、国公立大文系は諦めて、

私立大文系に絞りました。

(勉強する科目数が少なくて済むから)

 

 

 

 

そして、開講時に現段階の実力を知るための

予備校では全校一斉試験がありました。

 

 

 

私自身は、“曲がりなりにも、3年間、高校生活全てを

犠牲にして勉強してきた自負がありましたので、

 

 

 

浪人はしたけれど、成績は上位クラスだろうと思ってたのですが・・・・・、

ところが、全校一斉試験の結果は下位1/3集団でした。

 

 

 

 

 

 

まったく信じられなかった。本当に性も根も尽き果てた感じで・・・・・

 

 

 

 

 

 

“なんで、なんで・・・、学歴差別するために、

学歴差別されないため、その根源の恐怖心から

回避するために、出来る限りの最大限の努力をして、

高校生活の醍醐味(クラブ活動・友達作り)を我慢してきたのに、

その得られた対価は・・・・この下位1/3集団の順位なのか!?”

 

 

 

 

 

予備校で、隣で話す奴の話を聞いていると、

3年間ひたすらクラブ活動とアルバイトに

明け暮れていただけじゃないか!?”

 

 

 

 

“塾長が言っていた、青春を楽しんだ奴らじゃないか、

なんで、俺がそんな奴らと一緒なんだよ!?”

 

 

 

 

3年間を勉強だけに費やしてきた

自分自身に対して、

 

 

 

 

この悲しみ・悔しさ・焦り・怒り・燃え尽き感を

前向きにさせる、平常心に戻す言葉は

見つかりませんでした。

 

 

 

 

そして、同時に、自分自身の中で、

何かが壊れていった感じがしました。

 

 

 

 

予備校では、親しくなった人には、

私の高校時代の壮絶な体験話をしてみて、

“そうか、大変だったね”“よく頑張ったよね”とか

 

 

 

 

言ってもらいたかったんだと思いますが、

ほとんどの方の反応は、

“そんなに勉強して、結果がこの程度・・・・、バカじゃない!?”って

蔑まれている感じを受け取っていました。

 

 

 

 

 

 

それからは、私の高校時代の

体験は誰にも話しをしなくなり、

一人孤独を感じながら心が荒んでいったことを

記憶しています。

 

 

 

 

具体的には、予備校での授業のための

予習、復習をしている最中、

とてつもない恐怖心に襲われました。

 

 

 

自分が今、勉強していることが

記憶されているのか、理解しているのか、

不安だけが増幅されて、

一切、勉強が手に付かなくなっていきました。

 

 

 

 

自分のやっていることが全く、

信頼できなくて、何をやっていても不安で、

不安で仕方なかったんです。

 

 

 

 

パニック発作のような症状も何度か経験しました。

このような心理状態は徐々には回復しましたが、

浪人1年目はこのような症状が続いて、自信喪失であったので、

“勉強をする・記憶すること・意識的に考えること”が出来なかった。

 

 

 

 

 

当然ながら、成績は下位1/3集団から変わらず、

そのまま受験シーズンをむかえてしまいました。

 

 

 

 

 

試験会場に行く前夜に、

高熱が出たり、試験会場に行く道程で、

気分が悪くなって、吐いてみたり、

心はズタボロ状態で試験に臨み、結果、

受験した大学(たしか10校程度)、全て不合格でした。

 

当然と言えば当然の結果だったと思います。

 

 

 

そして、どんな流れで2浪することになったのか、

覚えていませんが浪人生活2年目を向えました。

 

 

 

 

 

文系大学のA判定を模試では取っていましたが、

結局、最終的にはいわゆる有名私立大学には

合格できませんでした。

 

 

 

 

 

ただただ絶望だけしかなく、

考えてみれば高校3年間プラス浪人2年間で

トータル5年間も時間を使って自分の多くを

 

 

 

 

犠牲にして、頑張ってみても欲しい結果は手に入らなかった。

本当に心底疲れ果てました。

 

 

 

 

私はこの5年間は特に、

そしてその後もずっと現在に至るまで

 

 

“学歴差別をしたい、されたくない”ということを

感じていたんだと、

安富 歩先生のお話しを聞いて気が付かされました。

 

 

 

“少しでも優越感を感じたい、劣等感を感じたくない”、

“凄い出来る奴って、思われたい”

“大したことない、取るに足らない奴だと思われたくない”

 

 

 

 

 

 

私の行動規範は、“学歴差別をしたい、されたくない”恐怖心から、

私はいとも簡単にそのエネルギーによって、

 

 

 

 

動かされてきたということに気付いたときに、

自分が自分であることが心底に嫌になりました。

 

 

 

全く、自分自身の内側から湧き上がってくる意思を

発揮することなく、恐怖心からの回避思考で

 

 

 

 

自分の行動を勝手に条件付けられてきた、

全くの操り人形状態であったことに気が付いた時、

“本当に自分自身が幸せである”ことを選べる人生を生きたいと思った訳です。

 

 

 

 

 

そして、私が操り人形時代には、

“両親の学歴コンプレックス(大学の卒業していないという劣等感)”や

“学歴差別されてきた悲しみ・怒り・恐怖”を私も一緒に感じてきたんだなぁ、

と今なら理解できます。

 

 

 

 

私は、今でも、面会した相手のFacebookに記載されている

プロフィールを気にする自分自身に出会うことがあります。

 

 

 

そこに掲載されている学校名・渡り歩いた会社・キャリアだけで、

その方個人の価値を判断してしまって、“学歴差別”をやっている

 

 

 

 

自分自身に出会うことがあります。

まだ、私に影響を及ぼしているんだと自覚しています。

 

 

 

 

 

 

もちろん、思考では、

“どんな学校、会社にいたのか!?”が重要ではなくて、

“そこに居て、何をご自身の意思で成し遂げてきたのか!?”が

大切だということは理解出来ています。

 

 

 

 

 

でも、今、複数のクライアント様からの相談で、

“学歴差別したい、されないように有名大学、有名企業に

就職してみたが、常に差別されないかどうか、怯えている”という

趣旨の内容を受けます

 

(安富先生がお話しされていたことと全く同じ)。

 

 

 

 

 

 

私は、“学歴差別したい、されたくない”恐怖心を感じて、

受験に失敗しましたが、その恐怖心を感じて、

受験に成功した人達もまた生き辛さを感じているんだなぁ~。と認識しています。

 

 

 

 

 

“学歴差別したい、されたくない”恐怖心に、

無理やりコントロールされていた経験を持っていて、

今、気が付いて意識的になれる私だからこそ、

この種の生き辛さを持っている方々の相談にのることができると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

迷っていらっしゃる方、一度、試しに私に相談してください。

お待ちしています。