集団を統制するリーダーシップ

人間が複数人集まれば、

“集団”とよばれます。

 

 

人間は本能的に、

集団でいた方が個人、

独りでいるよりは安全である、

 

 

という人間本来持っている

本能に基づいた行動である

ということはよく言われています。

 

 

そして、構成員が大勢になってくると、

必ず、集団内部で対立、

いざこざが発生しますし、

 

 

その集団の潜在能力を最大限に

生かすために、集団を統制する

必要性があります。

 

その統制する人がリーダーと呼ばれたりする訳です。

 

 

では、

“優れた集団を統率する

リーダーとは!?”という

問いがあったとすると、

 

どのようなリーダー像を

思い浮かべますか?

 

 

私は、このリーダー像が

大きく変化していることを

感じます。

 

一昔前でしたら、

いわゆる“体育会系”といわれる、

監督、上司、先輩のいうことは

 

絶対服従、最高統率者である

監督は神のように

崇め奉られている状態で、

 

集団統率を行っていたのは、

周知の通りです。

 

 

アマチュアスポーツでも

名門と言われ、常に結果を

 

出し続けている集団;

チームでは想像を絶する

 

長い練習時間、

過酷な練習内容、

 

厳しい上下関係、

独特なしきたりなどあり、

 

これについていけない人達は

辞めるしか選択がないという

世界なのかもしれません。

 

 

とにかく、精神的、

肉体的に追い込まれて、

潰れなかった人達だけが

 

 

その伝統を引き継いで

いくというものです。

 

 

 

私が社会人になった時

1990年代前半)には、

 

この“体育会”イズムが

色濃く残っていました。

 

以前のブログ ⇒ 

働き方改革と残業時間

働き方改革と残業時間②

 

 

 

新入社員は、

先輩社員の仕事の手伝い、

社内掃除は当たり前で、

 

上司・先輩の飲み会の

誘いは断れず、機嫌を損ねたり、

 

反論すると

“出来ない奴”

“異物”とレッテルを

 

張られて、陰湿ないじめの

対象になる訳です。

 

 

新入社員としては、

この独自の支配体制や

 

文化に少しずつ自分を

合わせていくことが

 

当たり前で、その過程が

完成に近づくに連れて、

 

上長から承認されている

感覚があり、安心出来たと

記憶しています。

 

 

このような過程を通じて、

私は徐々に“社畜”になって

いったんだと思います

 

 

ですが、この監督、上司、

先輩による支配体制は、

 

構造としては単純で、

リーダーが向いた方に

 

構成員全員が向く様式で、

確かに、上長の命令には

絶対服従なので、

 

組織をある方向に導くことには

向いているのですが、

 

欠点として多様性に対応

できないということが

露呈されています。

 

 

実際、私が在職中に、

全体会議に参加すると、

 

出てくる意見は去年のものと

ほとんど同じで、とても自分の

 

頭を使って考えたとは

思えないような状態でした。

 

この現象も、長年、上長の意見を

忖度して、自分の意見を言わずに、

 

上長の機嫌を損なわず、

上長に承認される意見を貫いてきた

結果であると思います。

 

 

今、世界では、ご存知の通り

個人レベルで当たり前のように

SNSが使えて、動画配信出来て、

日々、様々な情報が配信される

ことが可能になりました。

 

 

散見すると、本当に今までに

聞いたことのない、

斬新なアイデアであると

感心させられます。

 

 

とても強力な“体育会系”な

支配体制だけでは、

競争相手が世界レベルなので、

太刀打ちできなくなってきていると感じます。

 

現に、直近で好業績を

上げているIT巨人、

 

グーグル、アップル、

フェイスブック、アマゾン

 

GAFAの創業者達は、

“今までにない”アイデアを

 

具現化した人達で、

今までになりアイデアに

 

 

至るには、

上長を忖度してはいなかった。

 

 

 

むしろ、“体育会系”の支配体制では、

“できない奴”“異物”と

 

レッテルを張られた部類に

属する人達だったと推測します。

 

このように、明らかに

集団の支配体制は、

 

今、大きく変化

しようとしています。

 

 

では、上記で述べました、

“優れた集団を統率する

リーダーとは!?”という問い

 

 

ですが、全体を統率するために、

“体育会系”様式で、

 

 

上長の命令に絶対服従で、

精神的、肉体的に追い込み、

 

 

恐怖を感じさせることで、

全体統率する方法では

 

 

多様性を尊重できないので、

社会の変化についていけない。

 

 

かといって、個人の自由を

重んじて、個性がとても

 

 

大切にされる環境であれば、

全体統率することはかなり

難しいと思われます。

ですから、これからの

リーダーと呼ばれる人には、

 

 

全く違った、

際立って個性的な

 

人達が活躍できるように、

この多様性を理解して、

 

 

受け入れることが出来る

ということが大変重要になってくる訳です。

 

 

次号に続く・・・